グリーンライン雑記帳

Xでは収まらない長文を投稿するブログ。

「中道改革連合」惨敗で民主主義が終わる

新党「中道改革連合」の総選挙での獲得議席数が、公示前から約70%減もあり得るとの予測が報じられている。2012年の「日本未来の党」の二の舞になりそうだ。

選挙直前に結成された政党は、「選挙互助会」と見られてしまう。立憲民主党公明党の代表が新党の共同代表に就任すれば、なおさらだ。

立憲民主党公明党の組み合わせは悪くないと思うが、それぞれの支持者が、新党を積極的に支持できるとは限らないことも、容易に予想できたはず。

自民党公明党は、長年連立政権を組んでいたが、ひとつの政党にはならなかった。新党結成という奇策に出る必要があったとは思えない。

両党の選挙協力にとどめておけば、公示前から議席数を大幅に減らすことにはならないと思うのだが。

候補者たちに「バンザイ突撃」を強いた両党の幹部の罪は重い。まるで高市早苗氏への援護射撃になってしまった。

立憲民主党は、党首(代表)の交代で失敗したと思う。枝野幸男氏は多くの有権者の信頼を集めたが、泉健太氏でダメ政党のイメージに変化してしまい、野田佳彦氏が新党結成で事実上の解党に追い込んでしまった。

野党も「自民党別動隊」「自民党もどき」が大部分になれば、まるで大政翼賛会だ。日本の議会制民主主義は、終わってしまう。

「エヴァンゲリオン」に乗っ取られたガンダム「ジークアクス」

ガンダムジークアクス」の全12回の放送を、録画して視聴した。更に、初回の放送では早送りした部分も、BS11での再放送で、じっくりと見直した。

懐かしい「ファーストガンダム」「Zガンダム」のメカが、デザインを多少変更されて登場することに、興味を惹かれた。「次は、どのメカが現れるのか」と楽しみにしていた。

また、ファーストガンダムの宇宙とは異なる「並行宇宙」の謎に、強く関心を持ち続けた。その解明が、私が飽きずに視聴し続けた最大の理由だった。

一方で、多くの疑問、もしくは不満を感じさせる作品だった。

ジークアクス」「ジフレド」「サイコ・ガンダム」のデザインは、「エヴァンゲリオン」と類似している。別作品なのに、なぜそうしたのか。「エヴァンゲリオンと同じチームが制作したから」では、彼らの創造性の乏しさを露呈することにしかならない。

「スペース・コロニー」内で、ビーム兵器を撃ちまくる戦闘シーンが複数あった。これでは、コロニーが穴だらけになり、崩壊するはずだが、そうならない。ファーストガンダムでは、戦闘で開いた穴から、主人公「アムロ」の父が宇宙空間に放出される重要なシーンもあるのに、「ジークアクス」では、なぜコロニーの強度を無視するのだろう。

多くの日本語表記が使われていたことは、自民族中心主義と思われても仕方ない。鉄道の路線図も日本語だったので、「日本人街」のような狭い地域のみで日本語が用いられる設定ではないことは明らかだ。

「シャリア・ブル」が、「ザビ家」の権力者たちを暗殺する意向を、暗殺の協力者でもなさそうな部下にベラベラと話すシーンは、非現実的としか思えなかった。

シャア・アズナブル」が、素性を隠して巨大兵器の開発に携わったことで、密かに特別な機能を追加したとする設定も、あまりにも非現実的だ。仮に協力者がいたとしても、多くの人に知られずに、大規模な仕掛けを設けることなど、できるわけがない。

シュウジ」が、「ララア」を好きなのに彼女を殺そうとする(他の並行宇宙では既に殺している)のは、人間の心理として、かなり不自然だ。「好きだから殺す」では、まるでストーカーではないか。

「ニャアン」が、巨大兵器によって多数の人々を虐殺したのに、その罪を裁かれる、もしくは罪悪感に苦しむこともなく、平穏な日常に戻っていくラストシーンには、強く疑問を感じた。これでは「人命を軽視して構わない」というメッセージを、視聴者に結果的に送っていることになる。

「GQuuuuuuX」の名称の由来は、最後まで明かされなかった。「u」を6個も付けなくても、「ジークアクス」と発音する表記は、いくらでもある。それなのに、わざわざそうしたのは、奇をてらったということだろう。それは、幼稚な発想だと思う。

結局、並行宇宙の謎は「セカイ系」のストーリーを構成するものでしかなかった。このようなストーリーもアリだとは思うが、ファーストガンダムは、エヴァンゲリオンのような「セカイ系」の対極にあるストーリーだった。エヴァンゲリオンとは別作品なのに、一部メカのデザインと同様、制作者たちは、エヴァンゲリオンの要素を持ち込むことしかできなかったのだろうか。

しかも、ファーストガンダムの舞台も並行宇宙のひとつにされてしまった。元々の宇宙では、ゲルググに乗ったシャアが死んでしまうのだから。別々の作品なのに、ファーストガンダムジークアクスの宇宙観に組み込まれた。これでは、前者を後者の格下として扱うに等しい。富野由悠季氏らファーストガンダムのスタッフに失礼ではないか。

テレビアニメを、全回じっくり視聴したのは、およそ10年振りだった。でも、誰かに薦められる作品ではない。

インターネットでは、「ジークアクス」への賞賛の声があふれているが、そのような社会であることに、私は危機感を覚える。

 

横浜DeNAベイスターズの「日本一」に、ファンの私が喜べない理由

先程、NHK「サンデースポーツ」で、横浜DeNAベイスターズのイベントを取り上げていた。

私は昔からのファンだったが、今年の「日本一」には喜びが全くない。

レギュラーシーズンの勝ち越しは、たったのふたつ。経営陣の努力で強化が成功したわけではない。

ベイスターズ日本シリーズ優勝は、ルールに反していないが、クライマックスシリーズの仕組み自体がおかしい。143試合で決めた順位を、数試合で事実上ひっくり返すのだから。

「横浜優勝」は、短期のポストシーズンで、偶然勝利しただけのことだ。レギュラーシーズンの順位にこそ、実力が反映される。

改めてレギュラーシーズンの成績を見ると、チーム打率は僅差でセ・リーグ1位だったが、チーム防御率セ・リーグ5位。これでは、3位に入れたのも不思議に思える。優勝したジャイアンツから8ゲームも離されていた。

ファンを集める工夫は成功したが、リーグ優勝は、まだまだ遠い。それでも、今回の「日本一」に満足して、経営陣がチーム強化を怠って、リーグ優勝できない期間を更に延ばしてしまうことになりかねないと思う。

余談だが、選手が「デスターシャ」と言いながらポーズを取る行為、人気があるようだが、私は好きではない。安っぽいとしか思えない。

ユニフォームも、セ・リーグ優勝した時のメジャーリーグっぽいデザインの方が良かった。

それらのことで、私はベイスターズファンをやめることになるかもしれない。とにかく、今回の「日本一」での関係者の喜び方に、違和感を覚えるばかりなのだ。

 

私が統一教会に注目する理由

私が初めて統一教会の存在を知ったのは、約35年前、高校生の頃だった。

共産主義者である高校の先生から、悪質な教団であること、教祖の氏名等を聞かされた。

その後、統一教会の偽装勧誘に騙され、統一教会とは知らずにビデオセンターに連れて行かれたが、入信しなかった要因のひとつは、予備知識があったことだと思う。

また、当時の知人に、統一教会信者(20歳代後半)がいた。彼は、それを隠していたが、彼の発言から、信者であることに私が気付いた。

宗教の歴史に鑑みれば、信者には、「搾取される側から搾取する側に回ろう」と自らが新たな教祖になろうとする者が、しばしば現れるようだ。

知人の男も、そのような人物だった。彼から脅迫されたことは、大変な経験だった。

統一教会について調べるため、当時の私が図書館で借りた本は2冊。

その内容は、今となっては「統一教会問題の基礎知識」としか覚えていないが、著者の名前は、忘れたことがない。

元大学教授の浅見定雄さん、ジャーナリストの有田芳生さんだ。

桜田淳子氏が参加した統一教会合同結婚式が開催されたのは、私が大学生の頃だったが、テレビで初めて有田さんを見た私は、すぐに「あの本の著者だ」と気付いた。

30歳間近になって、有田さん主催の「オフ会」に出席した日が、有田さんとの初対面だった。

その数年後、有田さんが選挙に立候補し、私は支援に加わることになった。

今でも、私は統一教会に注目しているし、有田さんとの交流も途絶えていない。

ジャニーズ事務所の問題と同様、マスメディアが見て見ぬふりをしていた統一教会の問題が、大きく報じられる現状には、不思議な気もする。

被害者が救済されるかは不透明だが、何が起ころうとも、統一教会への私の関心が失われることはない。

 

 

 

小俣一平(坂上遼)氏について

一昨日、作家の辺見庸氏のtwitterでの投稿に返信したら、ブロックされた。

https://twitter.com/green_line_hama/status/1555867217283010561
https://twitter.com/green_line_hama/status/1555885224545751041

これらの内容の、どこが気に入らなかったのだろう。
この程度で相手を排除するのなら、狭量だと言われても仕方ない。

70歳代後半の辺見氏だから、操作を誤ったのかもしれない。
辺見氏の投稿を読む必要はないので、重要な問題ではないが、残念に思う。

私の返信に記載した「元大学教授、元NHK有名記者」とは、小俣一平氏のことだ。「坂上遼」のペンネームを用いることもある。
「有名記者」と言っても、報道関係者の間でのことで、それ以外の人には、ほとんど知られていないだろう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E4%BF%A3%E4%B8%80%E5%B9%B3

小俣氏とは、13年前、小俣氏の著書の出版記念イベントが初対面だった。私とは20年以上の付き合いの有田芳生さんも参加するので、そのような会に初めて出席した。

その時の小俣氏の印象は、良くも悪くもなかったが、有田さんに対する敬意に近い感情があった。ジャーナリストという職種を特別視していたからだ。

しかし、その約3年後、私の小俣氏へのイメージは大きく変化した。
有田さん後援会の忘年会で、私の席は、偶然、小俣氏の斜向かいになった。

近況を訊かれた私は、非正規の仕事であることを伝えたところ、小俣氏は、私の怠惰が原因で低収入の仕事に満足していると決め付けた。

愚の骨頂だったのは、私の「心理の国家資格は存在しない」との発言を、小俣氏が「心理の資格も持っていないのに、そのような仕事をしているのはけしからん」と勝手に誤解して非難したことだ。当時から、私は、福祉の国家資格、心理の民間資格を持っていたのだが。なお、現在は、心理の国家資格である「公認心理師」が存在する。

複数の人の前で、私は「駄目人間」と繰り返し非難された。あまりにも執拗なので、仕方なく、私はその仕事を選んだ事情を説明した。親しくない人には話したくない真実だった。

そこで、やっと小俣氏は自分の間違い(の一部)に気付いた。

私に「悪かったね」と言ったが、その直前に、私が助けたい人物のことまで侮辱する発言をした。

有田さんの忘年会(新年会)には、参加費を支払って、何度も参加しているが、最も不味い酒を飲まされることになった。

ジャーナリストにも、このような単細胞がいたのか。何が大学教授だ!
そのような怒りは、今も消えていない。

有田さんは「調査なくして発言権なし」としばしば述べているが、小俣氏は私に関して何も調べずに、勝手に知っているつもりになって発言した。しかも、その発言内容は、私への侮辱だった。

しかし、3年前の参議院選挙に小俣氏が立候補したとき、私は小俣氏の決起集会に参加した。それは、有田さんに会うことが主目的だった。

小俣氏の選挙用文書を配り、小俣氏に投票したことなどをtwitterで投稿したこともあったが、有田さんが支援していたから、そうしたに過ぎない。小俣氏を賞賛する内容は、一度も投稿していない。「小俣氏は素晴らしい」とは全く思わないからだ。

その小俣氏の挑戦の結果は、予想通り惨敗だった。

ここまで、小俣氏を批判してきたが、小俣氏は(一面では)情に厚い人でもあると思う。

業界での高い評価は、特に間違ってはいないのだろう。
でも、小俣氏の著書は、全く読む気になれない。タダでも読まない。他に読むべき本は、いくらでもあるのだし。

先月の参議院選挙の公示日に、有田さんの選挙事務所で3年振りに小俣氏と話したが、相変わらずの単細胞発言があり、やはり変わっていないのだなと思った。その選挙で有田さんが落選したので、小俣氏との出来事を公表しても良いだろうと判断した。

小俣氏は、私にとって大切な人ではなく、尊敬する人でもない。3年前の選挙で小俣氏を支援したが、私の本心を明かしておきたいと思った。

もっとも、著名人ではない小俣氏について述べたところで、読む人はほとんどいないだろうが。

 

 

2022年9月3日追記

Twitterでの小俣一平氏に関する投稿

twilog.org

「青葉・緑市民連合」の終焉(3)

前回「青葉・緑市民連合」に関する記事を投稿したのが、ちょうど7か月前。
当時の予測に反して、同団体は、今も活動を続けている。

辞意を表明していた事務局長が、それを撤回し、現在は代表を務めている。
退任すれば、同団体の活動継続が困難になる状況に陥ったため、仕方なく判断を変更したのだろう。

私は、4月に同団体の役員を退任し、10月に同団体から退会した。
今でも、同団体の方向性は正しいと思う。
だが、私が「方向性は正しい」と思える活動を行なう団体は、いくらでもある。
「方向性は正しい」と思えるだけでは、私は参画することができない。

今後、高齢者が主体の市民団体に私が加わることは、恐らくないだろう。
自分が高齢者になるまでは。
大部分の高齢者は、古い手法、古い発想から逃れられないことを痛感させられたからだ。
努力しても徒労に終わるのなら、到底関わる気になれない。

もっとも、高齢者にとって「青葉・緑市民連合」は親しみやすい団体だろうと思う。
時間などに余裕があり、同団体の活動が楽しいと思えれば、参画しても良いだろう。

長谷川博一氏に関する週刊新潮の記事を読んだ

週刊新潮 2018年10月4日号」(同年9月27日発売)に、「「宮崎勤」「宅間守」を分析した臨床心理学の権威に裏の顔! 被害女性が告発! 「私が施されたセックス・カウンセリング」」と題した記事が掲載された。
その記事は、新潮社のWebサイトで公開されている。https://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/backnumber/20180927/
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/10080801/?all=1
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/10090801/?all=1

 

カウンセラー・長谷川博一氏(元東海学院大学大学院教授)を、二人の女性が告発するという内容だった。
長谷川氏は、テレビ出演などによって著名なカウンセラーである。
カウンセラーなどの資格を持っている私は、数年前から長谷川氏のTwitter投稿を読み続けている。
そのため、週刊新潮の記事を重大な関心を持って読んだ。

 

記事は、長谷川氏のカウンセリングを受けていたという二人の女性の「証言」が中心なのだが、その内容が事実である証拠は記載されていない。二人の「証言」が事実ではない可能性は、いくらでも考えられる。
精神医学などを学んできた私は、人が様々な原因で「事実ではないことを事実と主張することがあること」を知っている。
現時点では、あの記事は深刻な人権侵害だと言わざるを得ない。
「日本で無罪推定の原則が有名無実化していること」が、あのような記事が掲載されてしまう要因だと思う。
https://www.bengo4.com/c_3/b_163665/

 

しかし、記事の内容を事実と断定した人々から、長谷川氏は非難され、関わりを断たれている。
一方の「証言」だけで誰かを処罰するのなら、裁判は要らないことになってしまう。それは、とんでもないことだ。
「正義」は、しばしば暴走する。正しいと思ってやっていたことが、後で間違っていたと気付いたとき、その人はどうするのだろうか。

 

長谷川氏を非難する人の一部は、「#MeToo」運動の影響を受けているのだろう。
「#MeToo」運動のように、多数の証言者が現れれば、その証言にはある程度の信憑性があると考えられる。
しかし、週刊新潮の記事では、長谷川氏に関する「証言」を述べた人は、わずか2名。現時点では、「#MeToo」運動とは相当異なる現象なのだ。

 

自助グループ「Thrive」のWebページには、長谷川氏と連携していたが、週刊新潮の記事を受けて、「彼女達がこれだけリスクがあるなか虚偽を言うメリットはありません。カウンセラーがクライアントと性的関係を持つ事は重大な倫理違反であり、あってはならないと思い連携解除致しました」との一文が掲載されている。
https://thrive-project.jimdo.com/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B/

 

実際には、メリットがなくても虚偽の内容を語る人はいるのだ。
素人で、無知だから、思い込んでしまうのも仕方ないとも思う。
だが、善意で暴走する人々は、私にはオウム真理教の信者のようにも見えてしまう。
https://dot.asahi.com/wa/2018101000027.html?page=1

 

最近、「新潮45」が差別記事を掲載したことで休刊になったが、週刊新潮も「売れるなら何でもあり」の雑誌だと思う。
あのような記事を掲載した週刊新潮も、休刊すべきではないだろうか。

「青葉・緑市民連合」の終焉(2)

市民団体「青葉・緑市民連合かながわ8」が、今月下旬に「賛同者集会」(総会)を開催するとの通知があった。
当初15名の運営委員(役員)が現在5名にまで減ったので、新たな運営委員を募るのだろう。

だが、運営委員に加わりたい人が、どれほどいるだろうか。
設立後1年も経たずに運営委員が3分の1になったことで、「現在の運営委員は、かなり問題がある人々なのでは」と考える人もいるだろう。

退任した運営委員の一人である私は、負担が重くても、嫌な思いをさせられても、社会貢献になるのなら頑張るつもりだった。
しかし、「ほとんど社会貢献にならない」と確信したことで、「これ以上は続けられない」と判断した。

現在の運営委員である事務局長も、来月退任する。
以前は「運営委員を20名以上にまで増やしたい」と言っていたが、結果は正反対で、ゼロに近付いている。

退任する人が、賛同者(会員)に運営委員への就任を呼び掛けるのだろうか。
それでは、説得力がないだろう。

団体を維持するためには、まず「現在の仲間」を大切にすること。
それを欠いていたから、私は離れた。

「まとめ役」として気を遣ってきた事務局長が、その反動で、退任を決断してから相当攻撃的になったのは、仕方ないかもしれない。
「青葉・緑市民連合かながわ8」の創設者とも言える事務局長の退任によって、同団体は終焉を迎えるのだろう。

「青葉・緑市民連合」の終焉

今月上旬、市民団体「青葉・緑市民連合かながわ8」の運営委員(役員)を退任した。
青葉・緑市民連合は、「衆議院議員選挙神奈川県第8区」(大部分は横浜市青葉区および緑区)において、「立憲野党」の共闘を促進させることを主目的としている。

少なくとも1年間の任期を全うすべきと考えていたが、2か月余り残しての退任となった。
賛同者(会員)としては残っている形だが、青葉・緑市民連合の集会には、もう参加することはないだろう。

安倍政権打倒を目指す勢力を拡大するためには、看板だけでも新しくしなければならないと考えていた。
中身は古臭くても、徐々に新しくするつもりだった。

でも、無理だった。
活動の大部分は、「ほとんど効果のなかった手法の繰り返し」もしくは「その焼き直し」だった。

運営委員(当初15名)の多くが高齢者であったため、そうなることは、ほぼ予想通りだったが。
中年である私は、しばしば高齢者たちに合わせることを余儀なくされた。

高齢者と言っても、暇を持て余す人は全くいなかったかもしれない。
手弁当で奮闘する姿には、頭が下がる思いだ。

だが、「高齢者が主導する活動は大きく発展するのが難しい」と改めて痛感させられた。
新しい発想がなければ、新しい仲間を増やすことはできないのだ。

昨年の総選挙での「野党統一候補」擁立が実現しなかったことなどで、団体の設立から半年しか経っていないのに、過半数の運営委員が退任した。
その3か月後に私が退任し、献身的に働いている事務局長(運営委員)も6月末で退任する。

これで「空中分解」はほぼ確定だろう。
残っている運営委員は、「敗戦処理」を進めるしかなくなるのではないか。

以前に私が関わっていた類似の目的の団体とは、性質が大きく異なると思っていた。
市民連合」の看板に、私はとても期待していた。

しかし、私の意見を無視して自己満足的活動を始めるのでは、もはや継続は困難だ。
社会貢献になると思えなければ、離れるのが自然なことだ。

市民運動の成否は、集まった人の質で決定される。
私には、青葉・緑市民連合の未来が明るいとはとても思えなかった。

高齢者」「中年」「若者」の3世代で、別々の市民団体が必要かもしれない。
世代で分けなければ、高齢者の意見が優先されることが多くなってしまうからだ。

しかし、高齢者以外で積極的に活動する人は、ほとんどいないのが実情だろう。
「安倍一強」が続いてきた原因は、このようなことにもあると思う。